その日はご新婦・由美さんの衣裳選びの日だったと思います。ブライダルサロンに電話がかかってきました。
「今衣裳室で衣裳を選んでいるんですけど、もし佐々木さんのお時間が大丈夫なら、このあとサロンへ伺ってもいいですか?」
衣裳も決まって、晴れやかなはずなのに、いつもは明るい由美さんの顔色が冴えません。どうしたんだろうと思って伺うと、
「ウエディングドレスを選んでいると、胸のなかの思いが抑えきれなくなっちゃって……。こういうとき、どうしたらいいんでしょう」と由美さん。
「じつはわたし、佐々木さんがご存じの母とは別に、生みの母がいるんです。
先日、結婚するのよって話したら、『おめでとう』って、電話の向こうで泣いてたの。『おかあさんも結婚式に来て!』と言ったんだけど、『今いらっしゃるおかあさんに、申し訳ないでしょ。そんなわがまま言っちゃだめよ』って譲りません。『今のおかあさんだって、とても苦労をしてあなたを育てたんだからね』って、逆に諭されちゃって。
育ての母とわたしは仲もいいし、とても感謝してるし、彼女を傷つけるつもりは少しもないんですけど。やっぱり、母親がふたり結婚式に出席してるのって、おかしいのかな……。でもね、わたしにはとても大切なひとなの。だって本当のおかあさんなんだもの」
話し終えてうつむく由美さんに向かって、即座に提案しました。
「だったら結婚式の前の日、生みのお母さんに由美さんのドレス姿を見ていただきましょう!」
一瞬にして、由美さんの顔がパッと輝きました。
挙式の前日の土曜日、ご新郎が「食事をご一緒しましょう」という口実で、生みのお母さんを車で誘い出してくれました。到着した先はチャペルの扉の前です。
まるでチャペルに誘われるかのように、お母さんが扉を開くと、そこにウエディングドレスに身を包んだ由美さんが立っていました。
「来てくれてありがとう。どうしてもおかあさんに見てほしかったの。わがままでごめんね」と由美さん。
おかあさんは、花嫁姿を前に、立ち尽くしています。
「お母様、最後のお仕事です。どうぞ花嫁様のベールを上げて差し上げてください」と、そっとお声をおかけしました。
我に返って、ゆっくり由美さんに歩み寄り、お母様がベールをそっと上げていきます。
「夢にまで見たのよ。でもかなわない夢だと思ってた」とおかあさんが大粒の涙を落としました。
見つめ合うやさしい母娘の間で、時間が止まったように見えました。